わたしとワタシと私のこと

君の名は

この作品が話題を呼んでいた当時には、話題をよそに私はこの映画をみなかった。どうやら、相当に人気のあることもわかっていたにもかかわらず。

そして、昨日の夜にこの映画をスマホで見ることにしたのは、なんとなく「見るとき」が来たような気がしたからだった。新海さんの映画はこれが二本目。穏やかだけれど、心をつかまれる。
この映画を見ながら、二度涙が流れた。
見終わってから、息子に「君の名は」見たよ。と言ったら、「あれは、くるね」と息子が言った。
日本のドラマや映画には何も感じないけれど、あれは来た。あの映画には忘れちゃいけないことっていうか、普遍のテーマがあるよねと、シレっと話す。我が息子は核心をつくんだよ。いつも。
で、寝る前に息子と人の核心とか、時間の概念とか、そんな話をした。
夢の中で生きる自分という、深い夢の話も。

夜眠る前にこの映画を見て、息子と話したことのせいか。
朝目覚めたら。
私は違う子になっていた!ということはあるわけもないけれど(笑)
なんだか朝から目の前がぐわんぐわんして、第3の目の辺りが熱くて、視点が変わったみたいな。
そういう感じになっているという今の状況。

熱いシャワーを浴びながら、
そうだ私は昔から「時間」に惹かれていたんだったと思い出した。
少し前に、自分の中での時間の概念の答のようなものが見つかってはいるけれど、「時間」は私にとっては大きな「鍵」の1つなんだなとと確信し、このブログを綴っています。

人はそれぞれに、人としていきるための役割があって、学びを深めるために生を繰り返しています。
そして、その学びの鍵(キーワード)は、あちこちに散らばっています。
まるで割れて飛び散ったガラスのように、あちこちに。
その欠片には、その人その人に必要な情報が詰め込まれているのです。
出会いも、出来事も、すべてが、繋がっています。
忘れかけている記憶を辿っていくと、そこに鍵が隠されていたりします。

「見かけにだまされないように」
「大切なものは目に見えない」

それぞれ、本から私に届いたメッセージですが、「君の名は」を見たことで、何か大きなはからいが動き始めたような気がしています。

連休初日の朝に。