わたしとワタシと私のこと

好きになれない人

私はこれまで、たくさんの方にインタビューという形で出会い、わずかな時間ですが濃い時間を過ごしてきました。
きちんと数えたことはありませんが、ミュージシャン、俳優、お医者様、政治家…様々な方々で、トータル300人ほどにのぼります。最初は苦手だったインタビューという世界でしたが、私の世界が広がったのは言うまでもありません。
そして気づけば、何よりも私がこの「インタビュー」という世界をとても好きなっていました。

けれども、残念ながら出会った方の中には嫌な人、好きになれない人、もう会わなくても良いと思う方もいます。
その人の作る音楽も声も好きなのに、どうしても好きになれない人です。
でも、その数はごくわずか、これまででわずか数名、片手でも余ります。

逆に、先入観から恐る恐る近寄ってみたら、ものすごく良い方で、私の緊張をほぐし、背中を押して頂いた方もいます。人はどうしても見かけや噂で会ったことも無い人を判断しがちですが、これはとっても危険だと感じています。そして、先入観の恐ろしさもその時に知りました。
以来、私は先入観で人を判断することはなくなりました。若気の至りでした。


人柄は、「選ぶ言葉」や「声」に現れます。
人を見下したり、偏見を持っていたりてしている人はそうした言葉しか選びませんし、態度の端々に滲み出ます。


残念ですがどんなに取り繕おうとしても難しいものです。
そして、どんなに年月が経ったとしても根底にあるものは、メンテナンスをしていない限り、錆びのようにこびりついていくものです。澱のように澱んでしまい、取り繕ってもいつか正体が表れます。

私たちは自分自身を守るための危機を感じる能力を持っています。
だから、なるべくならそうした人たちの中に身を置くことを避け、近づかないようにできるはずなのです。
でも、事情がゆるさずにそうした人と一緒になって「いじめ」「パワハラ」という苦しい立場に追い込まれてしまうこともあります。これは回避できるものならば、回避してほしいと心から願います。

最近話題になっているO氏のいじめの記事を読み、あの時の違和感を思い出しました。

私のようにインタビューという短い時間で「好きなれない」と思った方に共通していること…それは、言葉や態度から伝わる「噛み合わない感覚」「気持ちわるさ」あれは私自身の中にあった危機感が察知してた「何か」だったのかもしれない…そんなことを考えました。

自身の危機感をしっかりと磨いておくこと。
そして「違和感」に目をつぶらないこと。
あなた自身の感覚を信じること。
逃げることを選ぶことも時にはとても大切です。